3/8
エッセイを書いてみたよ
2/10
サイトリニューアルしました!
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日記
日記
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Diary
Diary
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文章をスマホで打つときと、パソコンで打つときって、脳の違う部分を使っている気がしないですか?私は、友達との雑談や会話のやりとりはスマホで打ちたくて、仕事の連絡はパソコンで返したい。
それが逆になるとき、たとえば友達から来ているLINEをPCで返すときや、仕事の連絡をスマホで返さなきゃいけないとき、違和感がすごくすごくある。
これはどういう違いなんだろう。
指先でなぞるようにしてつくる文章と、指で打って入力する文章。書くスペースの広さ、媒体との距離。
パソコンは画面が大きくて、目と画面との距離もあるから、文章を少し俯瞰して見られる気がする。だから、仕事のときのように、考えて、一歩引いてみたいときにはパソコンがいい。
じゃあ、今は全く使っていない手書きは、何に向いているんだろう。筆圧が強くて、学生の頃はずっと親指に豆を作っていたことを思い出した。
日記が急に5日間続いた。なんで急に書けるようになったんだろう。わからないけど….あ、きっかけはあれだ。
先週部屋の掃除をずっとしていて、そのときに過去に書いていた5,6年前の日記が出てきた。パラパラと読み返していたら、そのときの自分の言葉たちがなんかよくて。あのとき、こんなこと思っていたんだなぁって。なんか…元気をもらえたり助けられるところがあった。
自分が書いたことなのにほとんど覚えていない。でも、絶対に自分の言葉。
過去の自分の言葉に助けられることってあるんだ、と思った。それで、書くことって素敵だなと思ってちゃんと書いていこうと思ったんだ。ここのサイトの日記をたまに読み返すのも楽しいしね。
20代前半のころは、年上の友達が多くできて、お兄さんお姉さんにいつも仲良くしてもらっていた。それが30歳にもなると、年下の友達もたくさん増えてきて。「りなさん、りなさん」とみんな慕ってくれてうれしい。
こんな私がもうお姉さんに?!とふと思うけど、だってもう30だ。さすがにいい年だ。仲良くしてくれる子が3つとか4つ下だったりして、同世代の友達みたいな感覚でいつも一緒にいるのだけど、よく考えたらけっこう離れてたりする。お姉さんの自覚を持たないといけないね…。でも同い年みたいな感じで仲良くしてほしいとも思ったりする。
いつもこんな私と仲良くしてくれてうれしいと思ってます。みんなありがとう。
「すいか」というドラマを見始めた。2003年のテレビドラマだ。
そのドラマの存在は最近知った。
知り合いの写真家さんがThreadsでそのドラマについて触れていた。先週配信された脚本家の生方美久さんがゲストで出ていたPodcastでは、生方さんが脚本家の木皿泉さんが好きだと話していて、その木皿さんの代表作として「すいか」が挙がっていた。
立て続けにその2件が重なり、「すいか」の存在をはっきり認知して気になって見始めた。
夏の夕方、日が沈みかけ、薄暗くなってきたキッチンで、夜ごはんのネギトロ丼を食べながら「すいか」を見た、令和8年の夏を忘れないと思う。
やりたいと思ったことは先に宣言してしまうこと、変えられない予定を決めてしまうことが大切なんだと思う。逃げられないようにする。やるしかない状態にしてしまう。
そんなのわかっているけど、誰もがいうことだけど、なかなかできないのが多くの人間、のはず。
私も長らく動くことができなかった。
「あれやりたいこれやりたい」「いつかやろうと思っている」それで気がついたらもう何年も経っている。
この前の生誕祭イベント、もう日付を決めてやると決めたからできた。10月のハーフマラソン、11月の文学フリマ。
立て続けにその予定で、「本当にできるの、自分?」っていう戸惑いがいまのところ多いけれど、もう申し込んで当選したのだからやるしかない。
そして今日、3月の東京マラソンも申し込んだ。
42,195kmという文字を見て、「なんで申し込むんだろう、自分」と思いつつも。やるしかない状態にして自分を追い込まないといけない。
1ヶ月前の日記に「今日もまだ涼しい。」と書いてあるけど、相変わらず「今日もまだ涼しい。」。8月15日、こんな夏のど真ん中の日なのに、クーラーなしで過ごせている。昔の夏ってこんな感じだったんだろうか。毎年こんな夏だったらいいのにね。今週はずっと雨が続いていて、夏らしくないようなお盆だ。今年のお盆はどこかに行く予定もなく、部屋の掃除や書類の整理をずっとしている。
今年もあと4ヶ月ということを受け入れていかなければならないね…。でも9月から色々予定が立て続けになる予定なので、楽しみだ。やっていこう。
文章をスマホで打つときと、パソコンで打つときって、脳の違う部分を使っている気がしないですか?私は、友達との雑談や会話のやりとりはスマホで打ちたくて、仕事の連絡はパソコンで返したい。
それが逆になるとき、たとえば友達から来ているLINEをPCで返すときや、仕事の連絡をスマホで返さなきゃいけないとき、違和感がすごくすごくある。
これはどういう違いなんだろう。
指先でなぞるようにしてつくる文章と、指で打って入力する文章。書くスペースの広さ、媒体との距離。
パソコンは画面が大きくて、目と画面との距離もあるから、文章を少し俯瞰して見られる気がする。だから、仕事のときのように、考えて、一歩引いてみたいときにはパソコンがいい。
じゃあ、今は全く使っていない手書きは、何に向いているんだろう。筆圧が強くて、学生の頃はずっと親指に豆を作っていたことを思い出した。
日記が急に5日間続いた。なんで急に書けるようになったんだろう。わからないけど….あ、きっかけはあれだ。
先週部屋の掃除をずっとしていて、そのときに過去に書いていた5,6年前の日記が出てきた。パラパラと読み返していたら、そのときの自分の言葉たちがなんかよくて。あのとき、こんなこと思っていたんだなぁって。なんか…元気をもらえたり助けられるところがあった。
自分が書いたことなのにほとんど覚えていない。でも、絶対に自分の言葉。
過去の自分の言葉に助けられることってあるんだ、と思った。それで、書くことって素敵だなと思ってちゃんと書いていこうと思ったんだ。ここのサイトの日記をたまに読み返すのも楽しいしね。
20代前半のころは、年上の友達が多くできて、お兄さんお姉さんにいつも仲良くしてもらっていた。それが30歳にもなると、年下の友達もたくさん増えてきて。「りなさん、りなさん」とみんな慕ってくれてうれしい。
こんな私がもうお姉さんに?!とふと思うけど、だってもう30だ。さすがにいい年だ。仲良くしてくれる子が3つとか4つ下だったりして、同世代の友達みたいな感覚でいつも一緒にいるのだけど、よく考えたらけっこう離れてたりする。お姉さんの自覚を持たないといけないね…。でも同い年みたいな感じで仲良くしてほしいとも思ったりする。
いつもこんな私と仲良くしてくれてうれしいと思ってます。みんなありがとう。
「すいか」というドラマを見始めた。2003年のテレビドラマだ。
そのドラマの存在は最近知った。
知り合いの写真家さんがThreadsでそのドラマについて触れていた。先週配信された脚本家の生方美久さんがゲストで出ていたPodcastでは、生方さんが脚本家の木皿泉さんが好きだと話していて、その木皿さんの代表作として「すいか」が挙がっていた。
立て続けにその2件が重なり、「すいか」の存在をはっきり認知して気になって見始めた。
夏の夕方、日が沈みかけ、薄暗くなってきたキッチンで、夜ごはんのネギトロ丼を食べながら「すいか」を見た、令和8年の夏を忘れないと思う。
エッセイ
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Essay
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偶然の出会い
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EMCのライブで
偶然
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月刊あさのりな
Podcast
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