
同じ業界で働いているKさん、Cさん、Sさんとご飯へ行った。
KさんとCさんとは、会うのもご飯へ行くのも半年ぶりくらい。時の流れに驚きつつ、またこうして集まれたことが嬉しかった。気がつけば、2026年ももう下半期が始まっている。
気が引き締まった夜だった。
Cさんとは、年齢が一つ違い。私は前職を5年で、Cさんは6年で辞めている。フリーランスとして今の仕事をはじめた時期も1ヶ月違いで、仕事内容もとてもとても近い。
これから何をしていくか、という悩みもどこか似ていて、フリーランスになってから「同期」と呼べるような存在はいなかったから、Cさんに出会えたことがとても嬉しかった。
一方で、Cさんと話していると、自分の未熟さもすごくすごく痛感した。
視座の高さ、仕事への向き合い方、インプット量。そのどれもが、自分にはまだ足りていない。
この仕事をしている以上、誰よりもインプットし、誰よりもアウトプットしなければいけない。分かっている、分かっているのに、できていないのはどうしようもない自分の甘さ。
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よく、「展示とかする予定あるんですか?」と聞いていただくことがある。
そのたびに、「いつか何かやりたいとは思っていて…」と答える。
今の自分には、「これを見てもらいたい」というものも、展示として形にしたいと思えるアイデアもまだない。
自分自身が、自分の写真に納得できていないし、誰かに見せられるようなものじゃないと思っている。
じゃあ、どこまでいけば納得できるんだろう。どのレベルに達したら、「見てほしい」と思える日が来るんだろう。
最近はカメラを握る機会が増えて、でもそのたびに、「自分って、こんな写真も撮れないのか」と落ち込む。水平垂直すらちゃんととれない。
杉本博司の展示を見にいき、感じるものが少なかった自分の感受性にも落ち込んだ。
もっと上手くなりたい。
何のために上手くなりたいんだろう。
お金のためだけではないということ。もっとできることを増やして、誰かの役に立ちたい。誰かの力になりたいんだろうなと思う。
思い出したことがあった。
カメラを買って写真を撮りはじめた大学2年生の頃、所属していたギターアンサンブル部の大会で、写真や動画をたくさん撮っていた。それを部員のみんなに共有して、喜んでもらうのがとても嬉しかった。
喜んでもらいたい。写真を見て、嬉しいと思ってもらいたい。それが私の嬉しいになるのかなぁ。
普段、あまりにも考えることをしなさすぎて、ふわふわになってしまった頭を、こうして書くことで、自分でもつかめていない自分の中の部分を見つけていきたい。
©2025 Rina Asano